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精液検査の結果に不安を感じた方へ|基準値の本当の意味と対処法

🔷精液検査の基準値とは

精液検査で「基準値より低い」と言われると、不安を感じたり、驚かれたりする方も少なくありません。「この結果では妊娠は難しいのでは…?」と心配になるのは当然ですが、実は世界保健機関(WHO)の基準値は、妊娠の可否を決める合格ラインではなく、“統計的な目安”として示されているものです。このページでは、精液検査の基準値がどうやって決められているのか、妊娠との関係、そしてもし基準値を下回っていた場合にどう対応すればよいのかを、わかりやすく解説します。
■ WHOの基準値は「統計的な目安」です 。自然妊娠が成立した男性の精液データを多数集めて統計的に分析し、その結果、「妊娠できた男性の精液所見のうち、下位5%に相当する値」を基準値(5パーセンタイル)として示しています。
これは、例えるなら…
■ 模試の点数と大学合格の関係に似ています
A大学の合格者1000人の模試の点数を集めると、その中で「合格者の下位5%のスコア」を算出することができます。次にA大学を受ける人にとってはこのスコアは「できれば上回っておきたい目安」と言えるでしょう。 しかしこのスコアを下回ったからといって、絶対に合格できないわけではありません。模試の調子が悪かっただけで、本番で実力を発揮して合格する人もいます。 
精液検査の基準値も、これとよく似ています。この値よりも低い結果が出たとしても、それは直ちに「妊娠できない」という意味ではないのです。あくまで、自然妊娠が成立した男性の統計的な分布における低い方の値、という解釈になります。
 

🔷精液検査で特に重要な3つの項目

精液検査の中で、特に妊娠のしやすさと関係が深いとされているのは、以下の3つです。
項目名
意味
WHO 2021年 基準値
なぜ大切?
前進運動率
前に向かって泳ぐ精子の 割合
30%以上
精子が卵子までたどり着くには、まっすぐ泳いで進む力が必要です。進まずその場で動いているだけでは、卵子には届かず、自然妊娠は難しくなります。
精子濃度
1ml中にいる精子の数 (百万単位)
16×10⁶/mL以上
精子はゴール(卵子)までの長い道のりを泳いでいきますが、その途中で多くが脱落してしまいます。精子の濃度が低いと、スタート時点の数が少ないため、ゴールにたどり着ける精子もほとんどいなくなってしまいます。
総運動精子数
運動している精子の合計(精液量×濃度×運動率)
2000万以上が目安※
総運動精子数は、“動ける精子が何匹いるか”という実際の戦力を示す大切な指標です。精子の数と動きをあわせて評価するため、妊娠のしやすさと強く関係しています。
※総運動精子数はWHOの基準には明記されていませんが、多くの研究で「自然妊娠は2000万以上、IUIは500万~1000万以上」が一つの目安とされています。
前進運動精子が大事です。

🔷妊娠の可能性にあまり影響しにくいとされる項目

逆に、上の三項目と比べると妊娠に与える影響が比較的小さいとされる項目もあります。
項目名
意味
WHO 2021年 基準値
解説
精液量
一度の射精で出る精液の量
1.4mL以上
精液量が少ないと不安になるかもしれませんが、精子の濃度や運動率が良好であれば、自然妊娠が成立する可能性は十分にあります。
正常形態率
形が正常な 精子の割合
4%以上  (Kruger)
形が悪い精子でも受精できる場合があり、単独では妊娠率との関連は弱いとされています。
 
■文献解説・根拠となる文献を以下に記載します。(より細かく知りたい方はお読みください)
 
前進運動率・精子濃度
スウェーデンにおける精液検査を受けた男性を長期的に追跡し、精液所見と父親になる可能性の関係を検討しました。 その結果、前進運動率がWHO2010基準(32%以上)に達していた男性では、そうでない男性と比べて、将来的に父親になる割合が有意に高いこと(調整オッズ比 4.2)、精子濃度が20×10⁶/mL以上であった場合も有意に高いこと(オッズ比 3.1)が示されました。
Malm G, et al. Andrology 2019.
 
総運動精子数
オランダの1177組の不妊カップルを対象にした研究では、総運動精子数が高いほど自然妊娠率が段階的に上昇することが示された。WHOの分類よりも、総運動精子数のほうが妊娠の可能性をより正確に示すことが示唆された。
Hamilton et al. Hum Reprod. 2015
 
精液量
精液量と実際の妊娠・出産との間に明確な関連は認められませんでした。 妊娠までの期間とはやや関係があるものの、精液量は妊孕性の判断基準としては適さないのではないかと述べられています。(これだけ40年以上前の論文ですが)
Bostofte E et al. Int J Androl. 1982
 
正常形態率
501組のカップルを対象に、精子正常形態率が4%未満(異常)と4%以上(正常)での妊娠率と出生率を比較しました。その結果、両群間で妊娠率(12.3% vs. 13.6%)・出生率・児の先天異常のリスクに有意な差は見られませんでした。
Patel P, et al.The Journal of Urology, 2019
 

🔷 精液検査の結果が悪かったときに、どうするか?

■ 1回の検査結果で結論を出さないことが大原則です

精液は非常に変動の大きい検体です。たった1回の精液検査だけで「精子が悪い」と判断することはできません。
同一人物の精液所見の変動を追いかけたグラフです。上段は運動率・下段が精子濃度です。このように同一人物でお変動がかなりあることが分かります。 Keel B. A. et al. Fertil Steril. 2006 から引用
 
最初のたとえ話に戻りますが、模試の点数はその日の体調や問題との相性で上下します。志望校を決めるのに1回の模試だけでは不安なように、精液検査も複数回受けて“平均的な状態”を見るのが大切です。
 

✅ 次に何をするべきか:3つの柱

① 【もう一度、精液検査をする】

WHOのガイドラインでは、精液検査で異常が出た場合は、少なくとも1週間以上あけて、できれば3か月以内に再検査を行うことが推奨されています。

② 【生活習慣を整える】

精子の質は、日々の生活に大きく影響されます。 今すぐ実践できる「改善策」として、次のような内容が非常に有益です:
項目
アドバイス
🛌 睡眠
毎日6〜8時間、質のよい睡眠をとることが大切です
🚭 禁煙
喫煙は精子濃度・運動率・DNA断片化を悪化させる(多数の論文あり)
🍺 飲酒
大量に飲むのは控えた方が安心です。
🏋️‍♂️ 肥満
BMI25以上の方は、精液の状態が悪くなることがあり、減量によって 改善することもあります。
🌡 高温環境
長風呂、サウナ、膝上でのPC作業などは避ける
💊 サプリ
CoQ10、L-カルニチン、ビタミンC/E、亜鉛などが精子の質改善に一定の効果がある(※個人差あり)

③ 【必要に応じて専門的検査を行う】

精液検査で異常が続いたり、特に値が悪い場合には、男性不妊を専門とする泌尿器科の受診をおすすめします。必要に応じて、ホルモン検査や精巣の超音波検査など、詳しい検査を行います。
 
おすすめのHPと専門医のご紹介
男性不妊について正しい知識を得たい方には、獨協医科大学の岡田弘先生が監修されている「男性不妊バイブル」というウェブサイトをおすすめします。患者さんにわかりやすくまとめられており、今日から実践できるアドバイスが多く掲載されています。私自身も、以前岡田先生の外来や、弟子の寺井一隆先生(現在・泌尿器と男性不妊のクリニック・大宮)の手術を見学させていただき、男性不妊に本格的に興味を持つきっかけとなりました。
男性不妊外来をご希望の方には、杉山産婦人科(新宿・丸の内)で外来を担当されている木村将貴先生をおすすめします。アメリカ留学経験もあり、温厚で信頼できる先生です。私自身もよくご相談しています。
 
References

1 Malm, G. (2019). Association between semen parameters and chance of fatherhood—a long-term follow-up study. Andrology, 7(1), 76–81. https://doi.org/10.1111/andr.12558 PMID: 30525303

2 Hamilton, J. A. M. (2015). Total motile sperm count: a better indicator for the severity of male factor infertility than the WHO sperm classification system. Human Reproduction, 30(5), 1110–1121. https://doi.org/10.1093/humrep/dev058 PMID: 25788568

3 Bostofte, E. (1982). Relation between sperm count and semen volume, and pregnancies obtained during a twenty-year follow-up period. International Journal of Andrology, 5(3), 267–275. https://doi.org/10.1111/j.1365-2605.1982.tb00255.x PMID: 7118266

4 Patel, P. (2019). Impact of abnormal sperm morphology on live birth rates following intrauterine insemination. The Journal of Urology, 202(4), 801–805. https://doi.org/10.1097/JU.0000000000000288 PMID:31009287

    5 Keel, B. A. (2006). Within- and between-subject variation in semen parameters in infertile men and normal semen donors. Fertility and Sterility, 85(1), 128–134. https://doi.org/10.1016/j.fertnstert.2005.06.048 PMID: 16412742

     

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