融解胚移植:子宮内膜の準備方法で出産率は変わる?ランダム試験
Ho VNA et al. The Lancet 2024
【予備知識】
融解胚移植は、体外受精における中心的な治療法の一つです。胚を移植するにあたっては、子宮内膜をどのように整えるか(内膜準備法)を選択する必要があります。内膜準備の方法にはいくつか種類があり、患者さんの体の状態やご希望を踏まえて、医師と相談しながら決めていくことになります。最近では、人工周期(いわゆるホルモン補充周期)は妊娠中の合併症のリスクがやや高くなる可能性があるという報告が、いくつかの研究でなされています。ただし、それらの多くは「後ろ向き研究」と呼ばれるもので、すでに行われた治療の結果を後から分析する手法です。このタイプの研究では、患者さんの背景に偏りが入りやすく、結果に影響する可能性があります。
Hoらによる2024年の研究(Lancet誌掲載)は、これまでにない大規模なランダム化比較試験(RCT)です。RCTとは、患者さんを無作為にグループ分けして、それぞれ異なる治療を受けてもらい、その結果を比較するという、医学的に最も信頼性の高い研究方法です。信頼性の高い研究であるため、世界五大医学雑誌の1つである『The Lancet』に掲載されています。この研究によって、内膜準備法の違いが妊娠率や妊娠中の合併症にどのように影響するのか、これまで以上に正確に明らかにされることが期待されています。
1. 研究の目的と背景
体外受精における凍結融解胚移植では、胚を戻す前に子宮内膜の状態を整える必要があります。その方法として現在主に用いられているのが、以下の3つの内膜準備法です:
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自然周期:自然の排卵のタイミングに合わせる方法。ホルモン剤は使用しません。
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修正自然周期:自然排卵に近いが、hCG注射を使って排卵を確実に起こす方法。
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人工周期:エストロゲンとプロゲステロンのお薬を使って、計画的に内膜を整える方法。排卵は起きません。
これらの方法の妊娠率・生産率・合併症リスクを直接比較した質の高い研究は少なく、今回のベトナムで行われたランダム化比較試験はこの点において重要な知見を提供しています。
2. 研究の内容とデザイン
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対象:18~45歳の排卵がある女性1,428名(平均33歳・各群476名)
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方法:3つの方法にランダムに振り分けられ、それぞれの方法でFETを1回実施
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除外基準: 無排卵、閉経、卵子提供、子宮の異常(子宮腺筋症、子宮内腔癒着、大型の筋腫...他)等
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移植胚:day-3胚(最大2個)またはday-5胚(1個)
◆ 各周期の特徴
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方法
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特徴
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キャンセル率
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自然周期
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ホルモン剤なし、LHサージを観察して移植
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21%
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修正自然周期
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hCG注射で排卵を誘発
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21%
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人工周期
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エストロゲンとプロゲステロン使用、予定通り進行
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0%(キャンセルなし)
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移植できずにキャンセルになった場合、次の周期はすべて人工周期で行われました。
3. 主な結果
◆ 生産率(1回の融解胚移植あたり)
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自然周期:37% (174/476)
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修正自然周期:33% (159/476)
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人工周期:34%(162/476 ) ➡ 3つの方法で統計的に有意な差はありませんでした。
◆ 妊娠予後(すべて類似)
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着床率、臨床妊娠率、継続妊娠率
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子宮外妊娠、流産率、多胎率
これらはいずれも統計的な有意差はなかった
◆ 産科・新生児合併症
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妊娠糖尿病や妊娠高血圧、早産、死産、低出生体重、赤ちゃんの先天異常などに関しては、今回の研究ではどの治療法でも大きな差は見られませんでした。
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ただし、研究に参加した人数がそこまでは多くなかったため、「小さな差があったとしても見つけられなかった可能性がある」と著者は注意を促しています。言いかえると、もっと多くの人で調べたら差が出ていたかもしれないということです。
◆ 妊娠高血圧症候群についての補足
継続妊娠に至った女性での妊娠高血圧の発症率は:
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人工周期:8%
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自然周期・修正自然周期:ともに4%
➡ 人工周期の方が妊娠高血圧のリスクが高い可能性はありますが、まだ確実なことは言えません。
4. 研究の意義と臨床的な意味
🔷 生産率という“最終目標”はどの方法でも変わらない
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内膜準備法をどれにしても、妊娠・出産できる確率に大きな違いはないことが明らかになりました。
🔷 ただし、周期のキャンセル率に差があります
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自然および修正自然周期では、約5人に1人が移植できずキャンセルになりました。
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一方、人工周期は予定通り進めやすく、移植が実施できる率が高いのが特徴です。
🔷 安全性に差があるかはまだ結論が出ていない
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妊娠高血圧症候群など、人工周期に特有のリスクが示唆されていますが、本研究だけでは安全性に関して断定的な結論は出せません。【個人的意見】私が勤務しているクリニックでは、修正自然周期での胚移植を第一選択としています。近年の傾向として、人工周期はわずかではありますが妊娠中の合併症のリスクが高い可能性があるとして、自然周期や修正自然周期の方が安全性が高いのではないかという意見が徐々に増えてきているように感じます。ただし、これまでの研究の多くは後ろ向き研究であり、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)や子宮内膜が薄い患者さんの割合など、交絡因子の影響を完全に排除することが難しいという問題があります。今回ご紹介した論文は、ランダム化比較試験という信頼性の高い手法で行われた大規模研究であり、非常に価値のある知見を提供しています。この研究では、3つの内膜準備法の間で生産率や妊娠中の合併症に統計的な有意差は認められませんでした。無排卵の方や子宮内膜が十分に厚くならない方、またはお仕事やご家庭の事情で通院のタイミングが限られている方には、人工周期が適している場合もあります。そのため、すべての患者さんに同じ方法を一律におすすめするのではなく、一人ひとりの体の状態や生活環境に合わせて、医師と相談しながら最適な方法を選ぶことが大切だと私は考えています。
Reference
- Ho, V. N. A., Pham, T. D., Nguyen, N. T., Wang, R., Norman, R. J., Mol, B. W., Ho, T. M., & Vuong, L. N. (2024).Livebirth rate after one frozen embryo transfer in ovulatory women starting with natural, modified natural, or artificial endometrial preparation in Viet Nam: An open-label randomised controlled trial. The Lancet, 404(10449), 266–275.https://doi.org/10.1016/S0140-6736(24)00756-6
- PMID: 38944045
